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「判決、ふたつの希望」をサクっと解説
ライター/ジョセフ
作品概要
「判決、ふたつの希望」はジアド・ドゥエイリ監督によって、2018年の8月31日に劇場公開されています。
内戦によって東西に分断された町で高校生たちが映画作りに没頭する「West Beirut」や、失業中の作家と孤独な少女がパリの移民街で巡り合う「Lila Says」等。
国際紛争からロマンスまでを取り上げている、1963年生まれでレバノン出身の映画作家がメガホンを取りました。
メインコンペティション部門に正式出品されたヴェネチア国際映画祭で、2017年8月31日にプレミアム上映されています。
第90回のアカデミー賞ではレバノン映画としては初の快挙となる、外国語映画賞にノミネートとされた作品です。
ベイルートの片隅で衝突したごく個人的な諍いが、国家を揺るがす大騒動となっていく社会派ドラマに仕上がりました。
あらすじ
中東の小国レバノンの首都ベイルートで、トニー・ハンナは出産を控えた妻のシリーンとふたりで暮らしていました。
ふたりが入居しているアパートの水回りに前々から問題があったために、専門の業者に頼んで補修工事を依頼します。
数人の作業員がやってきて修理に取り掛かりますが、現場監督のヤーセル・サラーメの手際が悪いためにか一向に捗りません。
痺れを切らしたトニーが発破をかけると、たちまちヤーセルも言い返してきて乱闘騒ぎ寸前になってしまいます。
ことの顛末を聞いた上司に連れられて嫌々ながらもヤーセルが謝罪に訪れますが、トニーの怒りは収まりません。
トニーがごく軽い気持ちから発した人種差別的なひと言が、法廷とマスコミを巻き込んだ騒動へと広がっていくのでした。
ぶつかり合うふたりを熱演
敬虔なキリスト教徒にして愛国的なレバノン人の、主人公トニー・ハンナを演じているのはアデル・カラムです。
1972年にベイルートで生まれたという、劇中のトニーを地で行くかのようなプロフィールを存分に活かしていました。
トニーと遠慮会釈もない論戦を繰り広げていくヤーセル・サラーメの役には、カメル=エル・バシャが扮しています。
今作で披露した名演技が国内外で高い評価を集めていて、ヴェネチア国際映画祭でパレスチナ人初の男優賞に輝いたのも当然でしょう。
映画序盤での短気な肉体労働者から、後半パートでの劇的な変身ぶりにビックリです。
世紀の法廷バトルへの流れ
もとを辿ってみればバルコニーの水漏れがきっかけという、前代未聞な裁判の判決の行く方に引き込まれていきます。
トニーがヤーセルを責め立てる際に引き合いに出されたのが、かつてのイスラエルの首相アリエル・シャロンです。
「ブルドーザー」の異名を持つほどの大きな身体つきと、パレスチナ側への過激な発言や対応の数々は忘れられません。
原告側のトニーの主張と被告側のヤーセルの反論が真っ向から対立する中で、メディアの過熱ぶりも見応えがあります。
遂にはレバノン大統領までが仲裁に乗り出すなど、まさに国を真っ二つにするほどの一大センセーショナルですね。
判決が下される間際に明かされるトニーの壮絶な過去と、今なおレバノンに暗い影を落としている虐殺事件も痛切です。
風光明媚な町に隠された残酷さ
「中東のパリ」とも称えられているベイルートの美しい街並みと、地中海に面した風景には目を奪われてしまうことでしょう。
行き交う通行人も女性たちはスカーフとヴェールで髪の毛や肌を覆い、男性たちは人種から宗教までが実に多種多様でした。
トニーとシリーンの自宅があるのは都心部の住宅街ですが、町外れには当たり前のようにパレスチナ難民の居住地区があります。
アラビア語で大災厄を意味する「ナクバ」が起こったのは、今から70年以上まえの第1次中東戦争があった1948年です。
当時故郷を追われたパレスチナの人々の子孫が、いま現在でも難民キャンプから抜け出すことが出来ない現状が垣間見えました。
本作品のヤーセルのようにレバノンのパレスチナ人は国籍を持たないために、安価な労働力として酷使されています。
移民受け入れの反対運動が吹き荒れるヨーロッパや、外国人労働者との共存共栄に四苦八苦する日本とも無関係ではありません。
高まっていく夫婦の不安と不協和音
トニー・ハンナが切り盛りする自動車整備工場の、プレス音がオープニングテーマのように鳴り響いていました。
この地域一帯を見渡してみても特に騒音が激しいために、間もなく出産予定日を迎えるトニーの妻・シリーンが不安になってしまうのも致し方ありません。
シリーンがぽろりと溢した「ダムールに引っ越したい」という言葉を聞いた瞬間の、トニーの怯えたような表情が気になります。
夫婦が住んでいるアパートの環境もお世辞にも清潔で快適とは言い難いために、排水管の付け替え工事が必要です。
マイペースで工事を進める業者への不平不満が少しずつたまっていき、いつ何時トニーの怒りが爆発するのかハラハラしてしまいました。
パッと見ると日本でもありがちなご近所トラブルにしか過ぎない不協和音が、後に全国民にまで届くとは夢にも思いません。
泥仕合に発展
排水管設置の不手際から端を発して侮辱的な言葉のぶつけ合い、暴力沙汰の果てにヤーセルを告訴するトニー。
両者ともに一歩も譲らないほどの頑固さと、一度たりとも謝罪も反省も口にすることのない強硬姿勢には呆れてしまいました。
「先に謝ると訴訟の時に不利になる」という、欧米型の常識が中東諸国にも息づいていることが伝わってきます。
「とにかく謝っておいて事を大きくしない」という、日本古来からの一般的な考え方とのコントラストがくっきりです。
長きに渡ってイスラエルとパレスチナ諸国が覇権を争ってきた地が舞台になってきるだけに、善悪二元論では片付きません。
地元民と移民の単純な対立図式かと思いきや、論点を移して多角的な視点から進行していく裁判の様子も興味深いです。
共に痛みを分け合う
トニーは連日の脅迫電話や誹謗中傷に悩まされて、ヤーセルは勤め先の建設会社からリストラを突き付けられて。
例え裁判に勝ったとしても、ふたりが手放す物は余りにも大きく以前のような平穏無事な生活を送ることは難しいです。
プライベートでは身重のシリーンを抱えていて休まる暇がなかったトニーに、ようやく舞い込んできた吉報には心温まるものがありました。
裁判官やカメラの前では傲慢だったヤーセルも、舞台裏ではひとりの人間同士としてトニーと向き合おうとしています。
レバノン国民であれパレスチナ難民であれ、家族を愛する心と平和を願う切実な気持ちには変わりはないのかもしれません。
こんな人におすすめ
全編を通して対立を深めてきたふたりが、視線を交錯させて言葉もなく意味深な笑みを浮かべるクライマックスにホロリとさせられました。
有罪・無罪の判決以上に大きな価値のあるものを手に入れたふたりの姿には、分断が加速していく一方な今の世界へ確かなメッセージが込められています。
ホロコーストを巡る論争に一石を投じたミック・ジャクソン監督の「否定と肯定」から、アイヒマン裁判を斬新な角度から捉えたマルガレーテ・フォン・トロッタ監督作「ハンナ・アーレント」まで。
中東問題をテーマに扱った法廷劇や歴史ドラマに造詣が深い皆さんは、是非ともこの1本をご覧になってください。
みんなのレビュー
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