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キャスト・スタッフ
「長いお別れ」をサクっと解説
ライター/ジョセフ
作品概要
「長いお別れ」は2019年の5月31日に劇場公開されている、中野量太監督によるヒューマンドラマになります。
もとになっているのは中島京子によって2015年の5月27日に、文藝春秋社から刊行されている自伝的文学です。
離婚によってバラバラになったふたつの家族の再会を描く「チチを撮りに」や、母と娘との絆が感動的な「湯を沸かすほどの熱い愛」等。
自主長編映画から全国ロードショー作品まで幅広い創作活動を続けている、1973年生まれで京都府出身の映画作家がメガホンを取りました。
これまでは完全オリジナルのシナリオにこだわり抜いてきた中野監督が、初めてとなる原作ものにチャレンジしています。
アルツハイマー病に侵されていく父親と、その妻とふたりの娘たちとの残された日々を描いていく社会派の作品です。
あらすじ
長年に渡って教育関係の仕事に就いていた東昇平は、夫としても父親としても厳しい性格で家族に接してきました。
中学校の校長先生として忙しい毎日を送ってきた昇平でしたが、定年後の生活にはなかなか趣味や生き甲斐を見出だせません。
妻・曜子との間に授かった麻里と芙美のふたりも、就職と結婚が決まって家を出てからは疎遠になっていくばかりです。
昇平の異変に真っ先に気が付いたのは曜子で、医師からは認知症がステージ3まで進行しているとの診断が下されます。
珍しく家族4人が揃ってみんなで実家の食卓を囲んだのは、昇平の70回目の誕生日を祝うために集まった日のことです。
母の突然の告白に戸惑いながらも、麻里と芙美は残り少ない父との時間を懸命に生きることを心に誓うのでした。
実力派俳優が家族愛を演出
一家のお堅い大黒柱・東昇平の役どころには、ベテラン俳優の山崎努のイメージがぴったり填まっていました。
記憶を失いながらも何処か威厳たっぷりとした佇まいを、リアリティーにこだわりながら体現していきます。
夫を献身的に支え続けていく曜子の役にキャスティングされているのは、1960年代から日活映画で活躍してきた松原智恵子です。
セリフこそ少ないものの、おしどり夫婦として積み重ねてきた昇平との過去の時間が自然と思い浮かんできました。
実家から遠く離れた異国の地で寄る辺の無さを抱いている長女・麻里、幾つになっても自分の好きなことを追い続けていく次女の芙美。
対極的な道のりを辿っていく姉妹を、竹内結子と蒼井優がそれぞれの持ち味を発揮して演じているのも見逃せません。
これからの時代に一石を投じる
物語の時代設定は2007年から2013年までで、当時の世相や出来事が主人公たちの背景に映し出されていきます。
東日本大震災に代表されるような大規模な自然災害が発生した際にこそ、家族の存在意義が問われることを痛感しました。
東京の郊外で暮らしている昇平たちと、アメリカのカリフォルニア州に移住した娘夫婦との距離感も効果的です。
スーパーで昇平が万引き犯人に間違われてしまうシーンなど、実際に起こった事件も脚色して取り入れられていました。
加速していく高齢化社会の中で如何にして認知症患者の尊厳を守り抜くのかと共に、社会全体でこの問題を共有することを考えさせられます。
家族の在り方が多様化していて血縁関係による繋がりが薄れている今の時代に、作られるべくして作られた作品です。
何気ない日常にこそドラマあり
著者のごく個人的な体験に基づいて執筆された小説の実写化であるだけに、ドラマチックな展開は決して用意されていません。
10章で構成された連作短編小説集で10年に渡るストーリーが、2時間3分の上映時間と7年の劇中時間に濃縮されています。
原作では3人姉妹の設定が2人に変更されているところや、昇平の孫を今村崇ひとりに絞っているのも効果的でした。
ありきたりなエピソードを取り上げながら、静かな日常生活の風景が淡々と流れていくところが味わい深かったです。
認知症を発症した父親、彼を見守り続ける母親、結婚して海外生活を送っている長女とその夫に息子、独身の次女。
それぞれが複雑な事情を抱えていて人生の分岐点へと差し掛かる中で、細やかな触れ合いを通して乗り越えていく過程に共感出来るはずです。
自分とそっくりな性格や境遇の登場キャラクターを見つけて、感情移入しながら観賞してみると楽しめるでしょう。
歳月の中にも家族の時間
お盆の帰省からクリスマスパーティーに年末年始まで、束の間の団欒を楽しむ東一家には心温まるものがありました。
現役時代は中学校校長で仕事ひと筋で生真面目なイメージが強い父・昇平の、思いの外子煩悩かつ愛妻家な一面が次から次へと明らかになっていきます。
恋愛にはからっきし不器用な独身時代の昇平が、勇気を振り絞って敢行したプロポーズのひと言が素敵です。
クリスマスには手作りの三角帽子を被って、幼き日の麻里と芙美を楽しませる姿が微笑ましく映ります。
メリーゴーランドが美しい遊園地へと連れていった妻を、3本の傘を握りしめて迎えに行った逸話も忘れられません。
そんな昇平にとっては70歳のバースデーパーティーが、自宅での最後のお祝いになってしまうのが何とも切ないです。
バイトからフードトラックにレベルアップ
昇平の認知症のステージが進行していくにつれて、次女・芙美の夢が実現に一歩ずつ近づいていくところが面白かったです。
映画の冒頭ではスーパーマーケットでのアルバイト店員としての自分に、物足りなさを覚えていることが伝わってきました。
カフェの経営に憧れながら、黙々と低賃金重労働のルーティンワークをこなす健気さを応援したくなります。
中盤以降はトレーラーハウスを調達してきて、カレーショップを始めてしまう予想外の展開にビックリです。
愛する娘の名前さえ出てこなくなってしまった昇平に対して、芙美がご馳走するオリジナルスパイスのカレーライスが実に美味しそうでした。
最期の別れ方は人それぞれ
終盤以降は昇平は在宅でのケアが困難となり、病院に入院しながら残り僅かになった命と向き合っていきます。
病室のベッドで寝たきり状態となった姿と妻子との日々が映し出されていきますが、決して重苦しいムードはありません。
元来の厳めしい顔つきに似合わないほどの満面の笑みを浮かべることもあり、悟りの境地に達したかのようでした。
死の間際に芙美によってベッドの傍らに持ち込まれた、バースデーケーキと三角帽子にはホロリとさせられます。
誰しもに訪れる最期の別れを、その人らしく笑いながら迎えることの素晴らしさを感じさせるワンシーンです。
こんな人におすすめ
クライマックスで祖父との哀しい別れを済ませたばかりの崇の手のひらの上にひらひらと舞い降りてくる、1枚の葉っぱが印象深かったです。
親から子供へ更にはその孫へと受け継がれていくのは、ひとりの人間が生きた膨大な時間でもあり思い出でもあります。
季節の移り変わりと共に散っていく木の葉の中にも、昇平から崇への確かなメッセージが込められていました。
深刻かつ切実なテーマを扱いながらも、ユーモラスな描写や優しいタッチの映像には癒しの効果があります。
身近な人の病気について思い悩んでいる皆さんや介護の職に携わっている方は、是非ともこの1本をご覧になってください。
みんなのレビュー
「長いお別れ」を
布教しちゃってください!
認知症になった父親との別れの話です。結婚やら、仕事やらでなかなか集まれなかった家族が、認知症の父の介護のことで何かと集まるようになり、家族関係を修復していく話です。姉も妹もいろいろ抱えており、ああみんないろいろあるけど生きているんだなあってのがわかっておもしろかったです。