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「狼たちの午後」をサクっと解説
作品概要
「狼たちの午後」(Dog Day Afternoon)は、社会派シドニー・ルメット監督による1975年の犯罪映画です。
1972年にニューヨークのブルックリンで起きた銀行強盗事件をモチーフにしており、犯人の容貌がアル・パチーノに似ていることから出演をオファーされたという裏話があります。
作中でのアル・パチーノの演技は絶賛され、全米で大ヒットを記録。
アカデミー賞では作品賞のほか6部門にノミネートされ、フランク・ピアソンが脚本賞を受賞しました。
シドニー・ルメット監督は出演者に徹底したリハーサルを要求することで知られていますが、本作はほとんど俳優たちのアドリブによって撮影されています。
あらすじ
1972年、ある真夏の日の午後。
ブルックリンのチェイスマンハッタン銀行で強盗事件が発生しました。
10分ほどで終わるはずだった計画は、土壇場での仲間の逃亡や手際の悪さから想定外の展開に。
たちまち警官隊とFBIに包囲される事態になります。
人質を取って籠城するという最悪の選択肢を選ばざるを得なくなったソニーとサル。
目的を果たせずに終わった今は、ただ銀行を脱出し、無事に逃げのびることだけが望みでした。
メディアの報道によって一躍時の人となり、なぜかヒーローのように祭り上げられていく二人。
そして人質との間に生まれる奇妙な連帯感。
うだるような暑さの中、いつ終わるとも知れない緊迫の時間が刻々と過ぎていきます。
はたして二人の行く末は?そして長い午後はいかなる結末を迎えるのでしょうか?
大都会ニューヨークの息づかい、貧富の差。印象的なオープニング
原題を直訳すると「盛夏の午後」。
音楽が流れるのはオープニングだけで、エルトン・ジョンの軽快な曲をバックに猛暑のニューヨークの街角が映し出されます。
ホームレス、たむろする若者、残飯をあさる野良犬。
そして主人公ソニーの妻と子。
その上方には「スター誕生」の文字が。
これからはじまるソニーの長く暑い午後を皮肉っているかのような心憎い演出です。
大都会ニューヨークの息づかいが生々しく伝わってくる、印象的なオープニング。
映画が幕を開けてわずか数分後、ソニーとサルが車で登場すると同時に銀行強盗がはじまります。
けれども、彼らが頼もしく見えたのはここまででした。
間抜けで無計画な犯人グループによる銀行強盗劇
チェイスマンハッタン銀行に押し入ってまもなく、仲間の一人が怖気づいて離脱します。
しかもタイミングの悪いことに、銀行は現金を移送した直後で、金庫にはわずか1000ドルあまりが残っているだけでした。
強盗グループのキャラクターと計画性のなさが徐々に浮き彫りになっていきます。
早くも狂いはじめた歯車を象徴するかのように、焦り、包装を引きちぎって、不器用に銃を取り出すソニー。
身体にまとわりつく包装の紐を苛立たしげに振り払います。
すでにテンションMAX状態で、一杯一杯になっているのが痛いほど伝わってくるシーンです。
怯えているのは人質ではなく、明らかに強盗のほう。
「あなたには銀行強盗は無理ですよ、おやめなさい」と言ってあげたくなるほどです。
ここまでのジェットコースターのような展開と緊迫感、アル・パチーノの怯えの表現には引き込まれました。
名優パチーノがとことん魅せる!
頼りない銀行強盗ソニーを演じたアル・パチーノ。
情けないながらも、ハートの温かさをにじませる犯人像を見事に体現しています。
身勝手な母親や妻ら女性の犠牲者でもあるソニーは、男性との愛に心のよりどころを求めますが、彼のやさしさは空回り。
妻子を養う一方で、性転換手術を希望する同性の恋人を持ち、その手術費用調達のために犯罪へと向かうことに。
とてもデリケートで複雑な役どころだと思います。
まだ若いにもかかわらず、すでに人生にくたびれてしまった男の哀愁と閉塞感。
この銀行強盗はソニーの心のやさしさが生み出した奇妙な犯罪ともいえるでしょう。
当時、アル・パチーノは35歳。
若い頃の代表作だと思います。
名優の目の表情、一挙手一投足に注目です。
アメリカの病理や時代背景を反映した映画
興味深いのは、全編にわたって当時のアメリカ社会を切り取ったシーンを散りばめているところ。
何度か言及されるべトナム戦争はもとより、当時はおそらく先端医療技術であっただろう性別適合手術、そして「アッティカ」。
警察と交渉するため丸腰で外に出たソニーが、警官隊に「アッティカ!アッティカ!リメンバー!アッティカ!」と叫ぶ印象的なシーンです。
アッティカ刑務所暴動事件を引き合いに出し、警察の横暴を批判したソニー。
これを見た群衆は拍手喝采。
当時は警察に対する大衆の不満が高まっていた時代でした。
ストックホルム症候群を描いた初作品
「狼たちの午後」は、ストックホルム症候群を取り上げた世界初の映画でもありました。
二人の強盗と人質たちの関係性は、特殊な状況下で長い時間を共有することにより、奇妙な仲間意識を生み出していきます。
人質に計画のずさんさを叱られたり、トイレに行きたいなどといった要求に苛立ちながらもいちいち応じてあげたりする始末。
見るからに頼りなく、ドジな強盗に同情し、気を許している感じでしょうか。
銀行の外では野次馬が二人を応援しはじめます。
ソニーコールが起きたり、食料を届けにきたピザの配達人に憧れの目を向けられたりという不思議な現象。
ストックホルム症候群が生まれる余地すらない近年の凶悪犯罪をふと思い出してしまいました。
実はソニーは警察と取引をしていた?意味深なシーンに注目
海外逃亡を計画し、警察に飛行機を要求したソニー。
ところが空港へ到着してすぐにサルが射殺され、自身は身柄を拘束されてしまいます。
この少し前に、ソニーとFBIのシェルドンが不可解なアイコンタクトを交わすシーンがあります。
これが意味するものは何でしょうか。
ソニーが射殺を免れたのはなぜでしょう。
密かにソニーと警察との間で取引があったことをうかがわせる意味深なシーンです。
最初の交渉では提案をきっぱりと拒否したものの、結局は受け入れて相棒のサルを警察に売ったとも解釈できます。
見逃しがちなシーンですが、とても印象深く、観る者にさまざまな解釈を与えます。
もしかしたら、警察の提案を受け入れた時点でソニーはすべてを諦めていたのかもしれません。
こんな人におすすめ
プロの犯罪グループでも、銀行強盗を成功させることは至難の業といえるでしょう。
本作のキーポイントは、むしろ犯罪には全く向かない男たちが銀行強盗に走ってしまったところにあると思います。
ソニーとサルは、日常のやりきれない閉塞感に押しつぶされ、ふとしたきっかけで道を踏み外しかねない大勢の一人にすぎません。
この映画を観て、ソニーとサルは自分だったかもしれないと思う人もいるでしょう。
「少なくともソニーは、あの一日だけは輝いていた」とアル・パチーノは語っています。
こんな自分が英雄視されていることに驚き、やがてその重さに疲弊していく哀しさ。
実際の銀行強盗事件に深いテーマの香りを感じとったシドニー・ルメット監督のセンスには脱帽です。
実際の事件を素材として活かしながら、それを現実以上の高みに引き上げた視点がすばらしい作品です。
みんなのレビュー
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