夏の終り|動画配信情報・感想・評価・解説

夏の終り
2013年製作/114分/日本 予告動画を検索

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「夏の終り」をサクっと解説

ライター/東一葉

かなり雑食ではありますが、月に5〜6本は映画を観ています。ズンと心にのしかかってくるような作品が好きです。

作品概要

「夏の終り」は瀬戸内寂聴原作の私小説を元に撮られた作品である。

波乱に満ちた瀬戸内寂聴の人生のひとときを切り取った今作で主人公を演じたのは「北のカナリア」や「愚行録」などで実力派映画女優の名を確固たるものにした満島ひかりだ。

今作でも2人の男の間を揺れ動く難しい役どころを演じきった。

満島の相手役である年上の作家を文学作品から娯楽作品まで幅広い作品で魅力を発揮する小林薫が、満島の心を乱す年下の男を映画界で飛ぶ鳥を落とす勢いと言っても過言ではない綾野剛がキャスティングされた。

実力のある3人の役者が織りなす壊れそうでいて強い愛の物語である。

あらすじ

昭和30年代、染色家である知子(満島ひかり)には8年間同棲している年上の慎吾(小林薫)という作家がいる。

慎吾には妻子がいてきっちり半分を知子の家で、もう半分を妻子の住む家で過ごす生活を送っていた。

その事には知子も納得していることだったが、正月に風邪を引いた知子を置いて慎吾が妻子のもとへ戻ってしまった時に知子は底しれぬ孤独感を感じた。

そんな時かつて知子が夫と娘を捨てるきっかけとなった年下の男、涼太(綾野剛)から電話が入る。

「お見舞いに来てくださらない。」と知子は孤独を埋めようとする。

その後、知子はかつての男と週に半分だけ共に暮らす男との間で揺れ動く日々を送ることになる。

しかし、涼太は慎吾と知子の関係は愛ではないと言い、知子を独占したがり始めた。

それをあっさりと慎吾へと告白した知子に慎吾は「放っておけ」と一蹴する。

ところが知子が旅に出ている間、淋しさを紛らわせるためか慎吾と涼太は共に酒を酌み交わすようになっていた。

港で旅帰りの知子を2人揃って出迎えたのだった。

知子は、三角関係に決着をつけることができるのだろうか。

知子の心

物語は知子の心の動きとともに進んでいく。

かつて夫と娘を捨てるきっかけを作った涼太から電話があったと慎吾から告げられても、買ってきたコロッケを台所で頬張る姿が映画が始まってすぐに映し出される。

それは女の図太さを見事に表現している。

それどころか、慎吾の二重生活自体を慎吾の妻に認めさせているという。

慎吾との関係以外にも知子の強さを象徴しているのが物書きを生業としている慎吾が書くことを恐れているの対して、染色の作業をしているときの知子の凛とした姿がたくましく映る。

ところが、知子が心を乱される。

その乱れの原因はもちろん涼太の出現が原因なのだが、乱れの根本的な理由は知子自身の心のうちにある。

涼太の執拗な愛情表現には毅然とした態度をとることができるのに、自身の心の微動に怯えているかのように敏感である。

まるで愛情の揺るぎなさを強く課しているような、それでいて揺らいでしまう脆さを併せ持つ知子はやはり魅力的な女性なのである。

男たちの狡さ

涼太は知子に情熱という大火を灯すのに対して、慎吾は暖を取るような温かさを与える。

知子に何が足りないのかを分かっているようなそんな2人の愛情の与え方はむしろ狡さを感じてしまう。

知子の方が、12年前に不倫をして家を出てその時の不倫相手とは妻子ある別の男と8年間も同棲生活を送っているのに狡さを感じない。

12年前の不倫相手である涼太との再会で心動いているのに、知子には不純さが見えない。

それは慎吾に対しても涼太に対しても真っ直ぐであるからかもしれない。

一見弄ばれているように見える男たちだが、その知子の真っ直ぐさにつけ上がっているように見えてしまうのはなぜだろうか。

おそらくは彼らの弱さが映画の随所で表現されているからだろう。

慎吾の作家特有のスランプや涼太の若さゆえの独占欲。

それが知子のいる世界と表の世界との唯一の接点なのかもしれないが、慎吾と涼太の弱さは彼らに色気をまとわせている事は間違いないだろう。

素晴らしいキャスティング

美しい汗をかかせたら満島ひかりの右に出る女優はいないのではないだろうか。

色気溢れる女優というわけではないのだが、細い体にべとつく汗、乱れた髪、震え気味の声質は彼女を艶っぽく魅せる。

特に、今作での知子の台詞に満島ひかりの声質はよく似合っている。

原作者の瀬戸内寂聴をイメージして観るとやや細すぎな印象を与えるが、豊満なエネルギッシュではない内からみなぎるエネルギーを表現するには最高のキャスティングだったのではないだろうか。

また、弱く女々しさを感じさせる涼太に綾野剛は些細な仕草までもがまさに涼太そのものだった。

知子の顔色を伺うような再会したての頃の上目遣いや身体の関係を持ったあとのすがりつく泣き顔。

涼太は今作の中でさまざまな顔を見せてくれるが、そのどれもが綾野剛にはまっている。

そして小林薫だ。

彼ほど縁側と猫とが似合い、気の小ささを可愛らしく演じられる役者が他にいるだろうか。

このキャスティングが今作をスキャンダラスな三角関係を愛おしい作品にしている。

役者の巧妙な演技を堪能してほしい。

対比

昭和30年代の日本。

戦後から立ち直りつつある日本なのだろうが、道路は整備されていなかったり家は長屋風。

そんなアナログな風景の中で自然光の中で染色に勤しむ知子の姿は美しい。

筆を走らせる姿には迷いがなく、おそらく当時では珍しいであろう自立した女性の凛々しさが漂う。

慎吾の帰宅にも気が付かないほど集中している知子演じる満島ひかりの眼力は一見の価値がある。

そんなにまで凛々しく仕事と向き合っていながら、2人の男とこととなると弱々しくなってしまうところが可愛らしい。

今作ではそのようなさまざまなコントラストが組み込まれている。

涼太と慎吾。2人の男の性格の違いが1つ。

2人に対する知子の態度の違いと求めるものの違い。

また知子自身の中にある、強さと弱さ。

このように人が一元的には語り尽くせないものである事がこの映画が浮世離れした物語として片付けられない理由となっている。

交差する時代

作品を観ながら、随所に入ってくる回想シーンにはじめは悩まされた。

途中からそれがいつの時代の回想シーンなのかが物語にとって重要ではないような気がしてくる。

実際、人の記憶などそんなものだろうし、何かを思い出す時にわざわざ時系列に思い出したりはしない。

知子がなんとなく頭に思い浮かべた事が映像となっているかのような回想シーンは、そのはっきりとしないからこそ効果的だったように感じる。

夫に好きな人ができたと告白する知子は夫に頬を殴られる。

「女のくせに」と捨て台詞を吐かれて娘を抱き上げて立ち去る夫を見ながら「なんで好きなのよ」と叫びながら地団駄を踏む知子がいる。

そんな強烈な回想シーンに何年何月何日などというテロップが入ったら興ざめしてしまう。

おそらくは慎吾と出会う前の出来事なのだろうなとか、この好きな人とは涼太のことなのだろうなと思う程度でこの映画は十分なのだ。

時代背景や昭和のノスタルジーも霞んでしまうほどに人物描写に特化した作品だった。

まとめ

女性は今作を観て感情移入できないのではないだろうか。

不倫に嫌悪感を示しているからという理由を持つ人の意見はさておき、なぜ感情移入できないと考えるかというと、知子という主人公の持つようなエネルギーを持った経験がないからではないか。

動きのエネルギーというよりも想うことへのエネルギーをここまで発揮できることへの羨望が先にくるのではないだろうか。

そんな主人公を見事に演じた満島ひかりの今後の活躍にも期待してしまう。

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