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キャスト・スタッフ
「月と雷」をサクっと解説
ライター/ジョセフ
作品概要
「月と雷 」は、2017年の10月7日に劇場公開されています。
メガホンを取ったのは「花芯」や「海を感じる時」に代表されるような、ラブストーリーの名手である安藤尋監督です。
数多くの恋愛小説を世に送り出し続けてきた角田光代が、2017年12月に中央公論新社から刊行した長編小説が映像化されました。
原作の世界観を尊重しつつオリジナルのシナリオを書き下ろしているのは、安藤監督とは2002年「blue」以来にコンビを組むこととなった脚本家の本調有香です。
連続テレビ小説「あまちゃん」や大河ドラマ「いだてん」を始めとするテレビドラマでも人気の大友良英が、2007年の「僕は妹に恋をする」と同じく音楽を担当しました。
あらすじ
辻井泰子と東原智が一緒に暮らしていた場所は茨城県で、半年ほどの期間でした。
泰子の父親と智の母・直子は内縁関係であり、ふたりの子供には血の繋がりはありません。
泰子の父は浮気が原因となって家を出た妻の代わりに、自分が仕事に行って家を留守にしている間は直子に子供たちの面倒を見てもらえると当てにしていたようです。
しかし直子はいつもテレビを見ているか酒を飲んでいるだけで、泰子と智は学校にも行かずに遊び回っています。
そんな暮らしが続いたある日のこと、直子は智を連れて何処かへ消えてしまいました。
大人になった直子は父と死別してからも実家で独り暮らしをしながら、近所のスーパーで働いています。
食品加工会社に勤務する山信太郎と親しくなり、交際も順調で結婚も間近です。
真っ当な家庭を築き平穏な人生を送ることを望んでいた泰子ですが、突然の智との再会によって微妙な心変わりをしていくのでした。
イメージを打ち破る3人の俳優の演技
ヒロインの辻井泰子を演じているのは、「終戦のエンペラー」など日本映画界に止まることなくハリウッドでも活躍を続けて初音映莉子です。
「普通」に生きることを願いながらも、風変わりな人たちに囲まれて数奇な運命にまきこまれていく姿を鮮やかに体現していました。
やたらと異性にモテながらも相手との関係を持続させることが出来ない東原智には、高良健吾の起用がピッタリとはまっています。
東原直子の役で、草刈民代が存在感を放っていました。
気だるい眼差しを浮かべながら昼間から酔いつぶれたり、行きずりの男とスナックで仲井戸麗市作曲の「私の風来坊」を熱唱したり。
これまで築き上げてきた知的なイメージを、ひっくり返してしまうほどの役に挑んでいて驚かされるはずです。
食べ物も重要
随所に挿入されていく、食事のシーンに注目してみると違った楽しみかたが出来ます。
泰子が働いているのはスーパーマーケット「アキダイ」で、彼女自身もお店で生鮮食品を購入後して自炊生活を送っているようです。
季節の食材を活かして栄養バランスとカロリー計算に気をつけた、泰子の手料理の数々が実に美味しそうでした。
中盤以降は予期せぬ妊娠とそれに伴う悪阻によって、泰子は冷や御飯とサンドイッチくらいしか受けつけません。
そんな泰子に対して、料理が苦手な直子が一生懸命になっておにぎりを作ってあげるシーンにはほっこりさせられます。
いびつな形で中身は何も入っていませんが、不思議と食べてみたくなるでしょう。
目を奪われる風景
ストーリーの舞台に設定されている、茨城県の勝田周辺の風景が長閑でした。
ロケ自体はひたちなか市観光新興課と、足利市映像のまち推進課の協力を取り付けて行われています。
緑豊かな田園地帯を、自転車に乗って颯爽と駆け抜けていく泰子の後ろ姿が魅力的です。
当て所なくさ迷っていた直子がたまたま転がり込むことになる、国道沿いの岡本石材店も一度見たら忘れられません。
巨大な恵比須やタヌキの石像を見た泰子が、思わず「シュール」と呟く場面には笑わされるでしょう。
泰子と直子の別れの舞台となる、寂れたバス停も心に残ります。
泰子の潔く美しい生きざま
目覚まし時計のタイマーがなる前に起床、急須でお茶を沸かして父親の遺影の前にお供え、自転車で職場へ出勤、夜遅くなるまでマニュアル通りにスーパーのレジ打ち。
朝早くから夜遅くまでの様々なやるべきことを、終始一貫して淡々とした表情でこなしていく泰子の立ち振る舞いが印象深かったです。
決して独り暮らしに寂しさや心細さを抱いていることもなく、田舎での毎日に物足りなさを覚えている訳ではありません。
全てをありのままに受け入れる、彼女なりの潔さが現れています。
独身であれ既婚であれ人生を楽しむ大切さと、都会であれ地方であれ自分の居場所を見つける素晴らしさを感じました。
ふたりの母親に初めての妹
泰子が智と協力して母親探しを始めることによって、物語も徐々に動きは出していきます。
テレビのドキュメンタリー番組で生き別れになった本当の母親・田中一代と対面しますが、何故だか泰子は浮かない様子です。
直後に放浪を続けていた直子がひょっこりと舞い戻ってくることによって、ふたりの母に翻弄されていく展開に引き込まれていきました。
泰子が血縁関係のない直子の方に心惹かれていくのは、何故なのでしょうか。
一代が今の夫との間に授かった佐伯亜里砂の家まで押し掛けた泰子が、「今追いかけないと、一生後悔する気がした」というセリフにその答えは隠されています。
血の繋がりがあるからこそ、煩わしさや憎しみも人一倍なのかもしれません。
その一方では義理の母親や腹違いの妹といった、他人だからこそ注ぐことができる愛情や優しさについても考えさせられました。
普通の家族にはない緩やかな繋がり
レベルの高い学校を卒業して、安定した収入の職について、早目に結婚してしっかりと子育てをして。
おそらく多くの方が年齢に合わせて、将来的な目標を定めたり備えたりするはずです。
本作品に登場する多くのキャラクターは、自分の好きなように刹那的に生きていて後先のことをまるで心配しません。
根なし草のような直子と智の親子に、泰子と亜里砂を加わえた共同生活の風景には心温まるものがありました。
一戸建ての平屋造りであるために、朝が来ると1番早くに起きた誰かが雨戸を開けなければなりません。
食事の当番も特に決まっていないために、思い思いが勝手に簡単に済ませます。
3人が家を出るのを見送った後は、直子は昔のように縁側でぼんやりとしているだけです。
日が沈む頃に4人で集合して卓袱台を囲む瞬間には、「普通」の家族にはない疑似的な家族の在り方を感じました。
こんな人におすすめ
ひとつ屋根の下でつかの間の共同生活を送った4人も、クライマックスではそれぞれの道のりを歩んでいくことになります。
亜理砂は留学先のスペインから絵葉書を送ってきて、直子は再び放浪の旅を続けた末にアルコール依存症で行き倒れ、父親になる自信が持てない智はどこかへ逃げ出して。
ラストショットは泰子の顔がアップで映し出されていますが、その表情には微塵も迷いはありません。
ふたりの母親の間で揺れ動いていたはずの泰子や、シングルマザーとして自らの身体に宿った生命と向き合う決意には胸を打たれました。
原作とは異なる結末には驚かされるはずなので、角田光代作品の愛読者にはお勧めします。
結婚や出産などで、人生の岐路に立っている、女性の皆さんも是非ともご覧になって下さい。
みんなのレビュー
「月と雷」を
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