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キャスト・スタッフ
「残像」をサクっと解説
ライター/ジョセフ
作品概要
「残像」は2017年の6月10日に劇場公開されている、アンジェイ・ワイダ監督によるヒューマンドラマです。
イェジイ・アンジェイェフスキーの小説を映像化した「灰とダイヤモンド」から、抵抗3部作として名高い「地下水道」まで。
1926年に生まれて半世紀以上に渡って創作活動を続けてきた、ベテランの映画作家がメガホンを取っています。
出身国のポーランドばかりではなく、第41回のトロント国際映画祭でのマスターズ上映作にも選ばれました。
第89回アカデミー外国語映画賞のポーランド代表作に出品されましたが、惜しくもノミネートを逃しています。
戦後の激動に包まれたポーランドを駆け抜けていった、実在するひとりの画家の生きざまに迫っていく作品です。
あらすじ
ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキは画家としてモスクワの美術展に出品した後、ポーランド中部の都市・ウッチで革命的芸術家集団「a.r.グループ」を結成しました。
ウッチ造形大学に教授として招聘され、学生たちに純粋美術の歴史を講義しています。
1948年12月、ストゥシェミンスキの授業を突如として打切りにしたのは大学を訪れた文化大臣です。
大臣は学生や教授たちを集めて行った演説の中で、全ての芸術家に社会主義リアリズムと党への忠誠を要求します。
ポリシーを曲げることのないストゥシェミンスキは、大臣の意向であろうと党の指示であろうと従うつもりはありません。
次第に大学上層部からも疎まれるようになりますが、教え子たちは彼の味方です。
遂には大学を追われて日々の食事にも困窮するようになったストゥシェミンスキは、支援者と力を合わせて国家権力に立ち向かっていくのでした。
瞼に焼き付くような俳優たちの演技
主人公のヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ役を演じているのは、ボグスワフ・リンダという俳優さんです。
レフ・ワレサの生涯にスポットライトを当てた「鉄の男」や、フランス革命の舞台裏を描いた「ダントン」などワイダ監督の作品には欠かせません。
ストゥシェミンスキに心惹かれていく美しき女子学生のハンナには、ゾフィア・ヴィフワチュが扮していました。
2015年のポーランド映画祭で上映された「リベリオン ワルシャワ大攻防戦」では、勇ましいアクションも披露しています。
主人公の娘ニカ・ストゥシェミンスキの役を務めているのは、ブロニスワバ・ザマホフスカという名前の女優です。
破天荒極まりない父への心優しい想いだけではなく、年若いハンナへの微妙な嫌悪感も巧みに表現していました。
アーティストとしてのストゥシェミンスキの魅力
前衛的なストゥシェミンスキの画風に呼応するかのように、彼の周りには芸術家を志す若者たちが集まってきます。
ユダヤ人としてのアイデンティティーに、苦悩と誇りを持ちながら世界を放浪し続けた版画家のマルク・シャガール。
画家だけでなく詩の発表や戯曲の執筆活動など幅広いジャンルで活躍した、抽象絵画の先駆者ワシリー・カンディンスキー。
歴史に名を残すような有名アーティストととの交流と、彼らの知られざるエピソードも物語の端々に盛り込まれているので興味深いです。
次第に絵の具やキャンバスを購入する費用さえ儘ならなくなる中でも、独自の創意工夫を凝らしたアトリエには驚かされました。
忠実に再現された稀少なコレクションの数々も登場しますので、美術館巡りをしているような気分で楽しんでみて下さい。
画家であり夫であり父親であり男でもある
ストゥシェミンスキと権力との大いなる戦いと共に、ごく細やかな家族のドラマも平行して映し出されていきます。
プライベートでは離婚を経験して独り暮らしを送っていますが、別れた病弱な妻・コブロを今でも心配しているようです。
元妻との間に授かった娘のニカとの離れていても途切れることのない確かな絆には、心温まるものがありました。
支持者のひとりである美大生のハンナの純真無垢な振る舞いは、時に暗く沈みがちなストーリーの中でも清涼剤としての効果が抜群ですね。
普段は清楚で知的なイメージを崩すことのないハンナも、ストゥシェミンスキとふたりになった途端に妙に色っぽいです。
老いらくの恋に発展するのか、家族のもとへ帰るのか、芸術一筋に残りの人生を歩んでいくのか。
ふたりの個人的な関係の行く末と、ストゥシェミンスキが選んだ道のりを見届けて下さい。
街並みと人々に残された戦争の爪痕
第二世界大戦が終結した直後のポーランドの重苦しい雰囲気が、スクリーンから伝わってきました。
戦時中はナチスの圧倒的な軍事力に支配されて、戦後にはソヴィエトとアメリカの覇権争いへと巻き込まれていきます。
町中を真っ赤に染め上げていく統一労働者党の旗と、スターリンをベタ褒めしたポスターが威圧感たっぷりです。
配給制の粗末な食糧事情や慢性的な医薬品の不足によって、次々と失われていく市民の命には胸が痛みました。
列強諸国の思惑で翻弄されてしまう小さな国や地域の苦しみは、いつの時代でも同じなのかもしれません。
第一次大戦に参戦して左手と右足を奪われたストゥシェミンスキに、更なる苦難と試練が降りかかっていきます。
孤高の画家として生きる理想と現実
生涯に渡って時の権力者からの妨害に悩まされ続けていたストゥシェミンスキの生きざまからは、表現の自由を守り抜く難しさについて思いを巡らせてしまいました。
美術学校時代に同じ夢を追いかけた同期生たちや大学の同僚が、次から次へと路線変更していったエピソードがほろ苦いです。
それとは対照的にストゥシェミンスキは、如何なる政治的な圧力や脅し文句に対しても屈することはありません。
ストゥシェミンスキが生徒たちに訴えかける、「人は認識したものしか見ていない」というセリフが胸に突き刺さります。
多くの人が目の前にある1番大切な存在に気がつかずに、ものを見た後に網膜に映った残像に捉われているのではないでしょうか。
自らの人生をキャンパスに描くために
失意に打ちひしがれたままのストゥシェミンスキは、52歳の誕生日を迎えたばかりの1952年の12月26日に低所得者向けの市民病院の粗末なベッドの上で静かに息を引き取ります。
「まだやることがある」と言う意味深な言葉からは、限られた時間の中で如何にして自らが生きた証を刻むのか考えさせられました。
世間一般の価値観や考え方からすれば、ストゥシェミンスキは決して社会的にも画家としても成功者とは言えないでしょう。
そんな不器用で愚直な芸術家には、ポーランドの詩人キュプリアン・カミル・ノルヴィッドの「灰の底ふかく残る、永遠の勝利のあかつきのダイヤモンド」という名言を送りたいです。
こんな人におすすめ
2016年の10月9日、本作品の日本での公開を待たずしてアンジェイ・ワイダが90歳で亡くなります。
浮世絵にも詳しく親日派としても有名であっただけに、この1本が遺作となってしまったことが残念でなりません。
2015年にポーランドの大統領に就任したのは、奇しくもワイダ監督と同じファーストネームを持つアンジェイ・ドゥダです。
ロシアへの脅威を訴えて政権を掌握したドゥダ大統領には、ヨーロッパ各地の極右政党の台頭にも繋がるものがありました。
本作は日本では岩波ホールなどの一部のミニシアターで公開されただけで、多くの人の目に触れていません。
再び戦争へと向かっていくような今の時代だからこそ、若い世代の皆さんは是非見て下さい。
みんなのレビュー
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