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キャスト・スタッフ
「ヒトラーを欺いた黄色い星」をサクっと解説
ライター/ジョセフ
作品概要
「追想」はドミニク・クック監督によって、2018年の8月10日に劇場公開されているヒューマンドラマです。
イギリスの作家・イアン・マキューアンによって2007年に発表された長編小説「On Chesil Beach」をもとにして映像化されました。
原作者自らが脚本家として製作スタッフに加わっていて、完全オリジナルのシナリオを書き下ろしています。
メガホンを取ったのは「嘆きの王冠」に代表されるような歴史ドラマの他、舞台演出家としても活躍する映画作家です。
結婚初日の夜に予想外のトラブルに見舞われたとある男女の行く末が、半世紀の時を越えて映し出されていきます。
あらすじ
環境問題や反政府運動に熱心なフローレンス・ポンティングは、その日も水爆実験の中止を求める手作りのビラを配っています。
偶然にもそのビラを手に取ったのが、歴史学を学んでいる成績優秀な大学生のエドワード・メイヒューです。
ふたりは間も無くお付き合いをスタートさせますが、家柄の違いもあってなかなか周囲の理解を得られません。
ようやく婚約まで漕ぎ着けたフローレンスとエドワードには、もうひとつ気掛かりなことがありました。
フローレンスはある秘密を抱えているために、エドワードも彼女の前では理屈ばかり並べていてどうしても最後の一線を越えることが出来ません。
結婚するまではお互いに純血を守り抜こうと誓い合いますが、かえってこの約束が息ぐるしくふたりを追い詰めていくのでした。
恋に不器用な冴えないカップルに成りきるふたりの芸達者
前作「レディ・バード」では残念な女子高校生役だったシアーシャ・ローナンは、今作でもこじらせっぷり全開です。
どこか古風でシェイクスピア劇に登場する女優さんのような顔だちが、恋愛に奥手な花嫁・フローレンスにぴったり合っていました。
フローレンスにとっては生涯で忘れられない人となる、エドワード・メイヒューの役にビリー・ハウルが扮しています。
ハンサムなルックスに似合わずに、女性の心が全く分からない残念過ぎる新郎を見事に演じて切っていました。
ふたりの間で繰り広げられていくボタンの掛け違いのようなロマンスと、その後の数奇な運命には驚かされるでしょう。
フローレンスの厳格な父親・ジェフリー役を務めているサミュエル・ウェストや、お堅い母・ヴァイオレット役のエミリー・ワトソンなどベテラン勢も存在感抜群です。
不協和音を奏でるバイオリンとドラマを演出するレコード
映画の序盤からバイオリニストを目指しているフローレンスですが、まだまだプロとしての独り立ちのめどは立っていません。
フローレンスの演奏テクニックが上達すればするほど、エドワードとの距離感が広がっていく巧みな演出になっています。
若き日に歴史学者を目指していたはずのエドワードが選んだ職業は、街中にある小さなレコードショップの経営者です。
夢破れて自暴自棄になった末の選択肢かと思いきや、新しい恋人とお気に入りのコレクションに囲まれて意外なほど幸せそうでした。
店内には1970年代を象徴するレコードばかりではなく楽器の販売も取り扱っていて、ショーケースに貼られたポスターには懐かしいあの人の名前が記されています。
思わぬ人物が来店して1枚のバースデー・プレゼント用のレコードを買い求める、サプライズも用意されていて必見です。
美しいビーチと高級感溢れるホテルで揺れ動くふたりの男女
フローレンスたちが新婚旅行で向かう先はイングランドの南西部に位置する、ドーセットシャーの保養地・チェジルビーチです。
1960年代のイギリス社会はまだまだ保守的なようで、海辺でバカンスを楽しんでいる女性たちも必要以上に肌を露出してきません。
砂浜にトレーラーハウスのような大型車を横付けして、女性用の即席更衣室が設けられているほどの徹底ぶりでした。
これから夫婦となるふたりは波打ち際を歩いていきますが、足元は砂浜ではなく小さな石が敷き詰められているところに注目して下さい。
予約していた海辺のホテルのレストランでは、お節介なウェイターのお陰で徐々に不穏なムードが高まっていきます。
リゾートテイストたっぷりとしたホテルの一室で、愛しあっていたはずのふたりの関係性があっという間に崩れ去ってしまうのが皮肉です。
熱狂の渦の中でめぐり逢うふたり
アメリカとソ連の核開発競争が激しさを増している、1960年代前半の異様な熱気から本作品は幕を開けていきます。
若い世代が政治に対して熱い関心を寄せている当時のイギリス国内の盛り上がりは、およそ今の日本からすると想像がつきません。
ヒロインのフローレンス・ポンティングも自分自身の無力さを痛感しながらも、何かに駆り立てられているかのように政治的なビラを道行く人に手渡していました。
路上に捨てられた1枚のビラを偶然にも通りかかったエドワード・メイヒューが拾い上げて、その視線がフローレンスと交錯する瞬間がドラマチックです。
群衆のざわめきが少しずつ遠のいていき静まり返ったと同時に、既にふたりは情熱的な恋へと落ちていました。
紆余曲折の末にゴールイン
社会的に成功した実業家として名誉と財産を手中に収めたフローレンスの父・ジェフリーが、貧しい生まれのエドワードをあからさまに軽蔑する様子には憤りを覚えます。
そんな夫の前ではとにかく従順で娘に対しては過保護な母親・ヴァイオレットも、いかにも頭の堅い階級社会を象徴していました。
その一方ではエドワードの父親であるライオネルのように、新しい世代の価値観や考え方に理解を示す人たちもいます。
対照的なフローレンスの両親とエドワードの父が長いテーブルを挟んで対峙する、結婚式の風景も印象深かったです。
生まれ育った家庭環境や周りの人たちの雑音にも屈することなく、若いふたりはお互いの気持ちを貫き通していきます。
究極のスピード離婚
生涯忘れられることが出来ないドラマチックな初夜になるはずが、喜びよりも不安感の方が上回ってしまうのがほろ苦いです。
たった6時間しか持たなかったフローレンスとエドワードの新婚カップルの、そのあからさまな離婚理由には呆れてしまいました。
結婚の理想と現実のギャップに打ちのめされてしまうのは、日本で言えばさながら「成田離婚」のようなものなのでしょうか。
一見すると何不自由なく大人になったはずのフローレンスが、ひた隠しにしていた思わぬ幼少期のトラウマも明かされていて衝撃を受けます。
エドワードとの別れを選ぶことでしか、そのトラウマを乗り越えることが出来なかったのが何とも物悲しいです。
こんな人におすすめ
若き日のフローレンスとエドワードが初めて出逢ってから50年以上の歳月が流れた2007年に、物語はエンディングを迎えます。
余りにも対極的な人生を歩んでいくことになったふたりですが、最後までピュアなままの関係性を維持したことに僅かな救いがありました。
原作は村松潔の翻訳によって2009年の11月27日に新潮クレスト・ブックスから刊行されていますので、興味のある方は是非とも手に取ってみて下さい。
終盤の展開は完全に映画版のオリジナルエピソードとして仕上がっていますので、読み較べてみるとより一層楽しめるはずです。
旧き良き時代のイギリス映画や舞台劇がお好きな皆さんにも、自信を持ってオススメ出来る1本になっています。
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