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キャスト・スタッフ
「おいしい家族」をサクっと解説
ライター/ジョセフ
作品概要
「おいしい家族」はふくだももこ監督によって、2019年の9月20日に劇場公開されているヒューマンドラマです。
「21世紀の女の子」や「えん」など小説家から脚本家までと、幅広い創作活動を続けている映画作家が劇場長編デビューを果たしました。
自身がメガホンを取っている2009年発表の短編映画「父の結婚」が、95分の長編シナリオへと拡張されています。
「マルサの女」を始めとする伊丹十三作品の数々で音楽を担当した、本多俊之がオリジナルサウンドトラックを手掛けました。
ある日突然に「母」になることを宣言した父親を中心にして、戸惑いながらも家族の絆を模索していく感動作です。
あらすじ
中学校卒業後に銀座のデパートのコスメ部門で働いている橙花でしたが、この頃では仕事に遣り甲斐を感じることが出来ません。
惰性で続けている夫との別居生活にも踏ん切りがつかない中で、気がつくと2年前に亡くなった母親の法事が近づいていました。
気分転換を兼ねて有給を消化して長期滞在することにした橙花は、フェリーに乗り込んで生まれ育った離島へと向かいます。
久しぶりに実家に足を踏み入れた橙花を出迎えてくれたのは、亡き母の遺品を身に纏って女装をした父親の青治です。
パートナーの和生と彼の娘・ダリアと引き合わされた挙げ句に、みんなで家族になると言い出した父に橙花は困惑を隠せません。
すっかり乗り気になった弟の翠や近所の人たちの姿を目の当たりにしているうちに、頑なになっていた橙花も微妙に心変わりをしていくのでした。
母親兼父親を怪演
仕事でもプライベートでも冴えないヒロインの橙花を演じているのは、1997年生まれで大阪府堺市出身の松本穂香です。
今作が映画初主演となりますが、父に振り回されながらもおおらかに受け止めていく娘を好演していました。
破天荒ながら憎めない橙花の父親・青治の役には、2015年度の短編バージョンから引き続いて板尾創路が扮しています。
終盤での文金高島田姿はインパクト大で、30~40歳の世代の方が見ると伝説のコント番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」を思い出してしまうでしょう。
ふたりの父娘の間に転がり込んでくるやっかい者、和生役には浜野謙太のイメージがぴったりと填まっていました。
和生の娘にして自由気ままな女子高校生、ダリア役に起用されているモトーラ世理奈も魅力的な女優さんですね。
都会の息苦しさと地方の解放感
映画冒頭での東京都内の無機質なオフィスビル群と、中盤以降のメインとなる離れ島の緑豊かな自然とのコントラストが鮮やかです。
原作の短編では過疎地の農村が舞台となっていましたが、本作での周りを海に囲まれたシチュエーションが大きな意味合いを持ってきます。
本作品のロケ地に選ばれているのは伊豆半島南東方に位置する伊豆七島ひとつ新島で、マリンレジャーや新鮮な魚介類で有名ですね。
居場所のないダリアと彼女のボーイフレンド・瀧が学校をサボって遊びにいくのは、透き通った海水が神秘的な秘密の入り江です。
周囲を巨大な岩の崖で囲まれているために圧迫感と、小さな島の中から何処へも行けない少年少女たちのもどかしさが重なります。
個性豊かな登場キャラクターたちが一堂に会するラストの結婚式の浜辺には、新島の南西に浮かぶ式根島が選ばれていて壮観ですよ。
心も身体も満たすメニュー
本作品ではフードスタイリストがいないために、劇中の料理は全てが美術スタッフによる手作りになっています。
橙花の歓迎と青治の結婚祝いを兼ねた食事のメニューはすき焼きで、翠が軽トラで調達してきた無農薬野菜と卵が美味しそうです。
穀つぶしの和生が周りの人たちから愛される理由は、好き嫌いをすることなくとにかく美味しそうに食べるからでしょうか。
思春期真っ只中で何かにつけて難しいお年頃のダリアとも、食卓を囲むことによってコミュニケーションは可能になります。
年齢からバックグラウンドまでがバラバラな人々が、両手を合わせて「頂きます」を言うことで心をひとつにしているかのようですね。
夜の台所で母が大好きだったおはぎを仏前に備えるために、橙花と青治がふたりっきりで握るシーンも心に残ります。
炊き立てのもち米とじっくりと小豆を煮込んで練り上げたあんこがひとつになった時、父と娘とのわだかまりが溶けていくようでした。
疲れ果てた彼女を癒すのは
憧れの東京でキャリアウーマンを目指しなどらも、どこか虚しさと行き詰まりを抱いた橙花の眼差しから幕を開けていきます。
多忙な夫と何とかディナーの約束を取り付けますが、ワインの色から食事の好みにデザートのタイミングまで噛み合いません。
気まずい食事の終わりに橙花が自動販売機で引き当てたのが、夫の飲めないブラックコーヒーだったのが皮肉でした。
大慌てで帰省のための荷物をトランクに纏めた橙花が向かうのは、高速ジェット船の発着場である竹芝桟橋のターミナルです。
デッキから眺める何処までも広がっていく青々とした海と、風になびく橙花の髪の毛が美しさに満ち溢れていました。
静かで穏やかに流れていく島内の時間と地元の人たちの賑やかさに触れていくうちに、みるみる活力を取り戻していく橙花が微笑ましく映ります。
そして父から母になる
変わり果てた装いで橙花の前に現れた青治は、「父さんは母さんになる」の他は多くを語ることはありません。
俄に浮き足だっていくお祝いムードの翠たちとは対照的に、ひとりだけ憂鬱な眼差しを湛えた橙花が印象深かったです。
橙花が思わずポロリと溢した「家族だからこそ許せないことがある」といセリフにはドキリとさせられました。
同性のパートナー同士による婚姻が一部の自治体で受け入れられていく時代でも、いざ身近に降りかかってくるとそう簡単には行かない現実がほろ苦いです。
異質な存在をあっさりと排除してしまう都会と、躊躇うことなくすんなりと受け入れていく島の人々との違いも浮き彫りになっていきます。
新しい家族と自分へ
もともとは島の出身者でありながら余所者の気分を味わっていた橙花を変えたのは、「エビオ」の愛称で親しまれている翠の同級生・海老沢武です。
バーで海老沢からカクテルではなく採れたての伊勢海老を御馳走になることで、ようやく島民の一員となっていく様子に心温まりました。
中途半端だった美容部員としての仕事に誇りを持って、母の服を着た青治の顔にメイクアップをほどこす場面には胸を打たれます。
自分で決めた常識の範囲内に閉じこもっていた橙花が、外の世界へと踏み出していく瞬間を鮮やかに切り取っていました。
こんな人におすすめ
未練たらたらだった結婚指環を自動販売機のお釣り返却口へと投げ込んで、再び島へと向かう橙花の後ろ姿が清々しかったです。
家柄や血の繋がりに縛られることのない、自由で多様性が尊重される家族の結び付きについて考えさせられました。
自分とは異なる価値観や考え方を受け入れながら成長していく、橙花や青治の真向きな生きざまにも好感が持てます。
言葉だけの「多文化共生」で終わることのない、これからの社会の在り方に深いメッセージが込められていました。
家族や親戚を始めとする、近親者とのお付き合いに悩んでいる皆さんは是非ともこの1本をご覧になってください。
みんなのレビュー
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