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キャスト・スタッフ
「ハッピーエンド」をサクっと解説
ライター/ジョセフ
作品概要
「ハッピーエンド」はミヒャエル・ハネケ監督によってフランス、ドイツ、オーストリアの3カ国合同で製作されました。
カンヌ国際映画祭でのワールドプレミア上映の後、日本でもロングライドの配給によって2018年の3月3日に劇場公開されています。
とある夫婦の死別を通して老老介護に警鐘を鳴らす「愛、アムール」や、男爵によって支配された村に不穏な空気が立ち込めていく「白いリボン」など。
高齢化社会から権力争いまでの様々な社会問題を取り上げている、1942年生まれでミュンヘン出身のベテラン作家がメガホンを取っています。
2017年度のカンヌ国際映画祭でコンペティション部門に出品された他、2018年にはアカデミー賞の外国語映画賞でオーストリア代表に選ばれました。
クランクインは2016年6月でカレーでのメイン撮影を皮切りに、フランス北部での現地ロケを敢行しています。
3世代が同居する上流階級のお屋敷が、招かれざる人の少女の来訪によって掻き乱されていくヒューマンドラマです。
あらすじ
13歳の誕生日を迎えたばかりのエヴは母親が体調を崩して緊急搬送されたために、父・トマの家に預けられました。
トマとエヴの母との間には既に離婚が成立していて、再婚相手のアナイスと実家のパ=ド=カレーに戻っています。
トマの父親ジョルジュだけではなく姉のアンヌや、エヴから見るといとこに当たるピエールまでが一緒に生活する大所帯です。
地元でも資産家として有名なロラン一家の豪勢な暮らしに、母子家庭で育ってきたエヴは一向に馴染むことが出来ません。
つい先日に交通事故を起こして身体の自由を奪われたジョルジュだけは、血の繋がった孫のことを心配しています。
ある時に息子や娘にも内緒にしていた過去をエヴに告白することによって、ふたりの間に奇妙な絆が芽生えていくのでした。
新進気鋭から大御所までの共演
旧世代の家父長制の象徴とも言えるジョルジュの役を演じているのは、ジャン・ルイ・トランティニャンです。
1960年代から70年代にかけての往年の名画ファンの皆さまには、ひときわ思い入れがある俳優さんなのではないでしょうか。
1930年生まれで撮影当時は86代の後半を迎えていますが、老いてなお円熟味を況していく魅力を放っていました。
ジョルジュの娘にして野心的あふれるキャリアウーマンには、イザベル・ユペールのイメージが填まっています。
純真無垢な笑顔の下に底知れなく悪意を秘めている、エヴの役に扮しているのはファンティーヌ・アルドゥアンです。
目まぐるしく移り行く現代の中でも祖父、娘、孫娘と確かに受け継がれていく生と死を見事に体現していました。
秘密を抱えたふたりが向かう先は
85歳の祖父と13歳の孫というジェネレーションギャップを通して、現実の世界の様々な問題が浮かび上がっていきます。
人生における自分自身の引き際について思いを巡らている高齢男性であれ、これから青春時代を謳歌する女の子であれ。
孤独感に悩まされながら、他人には決して打ち明けることが出来ない秘密を抱え込んでいるのは全くの同じです。
ジョルジュが懺悔に向かった先は昔からお世話になっている教会、エヴが全てを告白する場所は最先端のメディア。
まるっきり対極的な両者にただひとつだけ一致するのは、心の奥底から秘密を共有できる相手を探している点です。
懺悔室の向こうに厳かに控えている神父と、スマートフォンの無機質なディスプレイとの間にも共通点が浮かんでくるでしょう。
海辺町に押し寄せる時代の波
ストーリーの舞台になっているのはフランス北部、オー=ド=フランス地域の最北端に位置する港町カレーです。
中世からヨーロッパ大陸の中継地として栄えてきただけあって、対岸の遥か彼方にはドーバー海峡を挟んでグレートブリテン島を眺めることが出来ます。
繁華街を行き交う地元の人たちも実に多種多様な顔触れで、タイムリーな移民・難民問題を思い浮かべてしまいますね。
昔からの住人と海外からやって来た余所者とが渾然一体となった地域に、ロラン家は代々に渡って広大な敷地を構えてきました。
この頃では富裕層に課せられる相続税の負担が大きくなっていき、土地と建物を維持するだけでもきゅうきゅうとしています。
自分たちが直面している厄介事だけに目を向けてきたジョルジュやトマが、初めて外の変化に気がつく場面にも注目して下さい。
小さな獲物から大きな獲物へ
可愛らしいハムスターをためらうことなく実験台にして、エヴが企てた良からぬ計画から物語は動き始めていきます。
彼女の実験対象や攻撃ターゲットが小動物から、周りの人間たちへと移っていくのにそれほど時間はかかりません。
自身の小さな罪を動画サイトやSNS上にアップロードしていく姿からは、今時の10代前半に特有な残酷さを垣間見てしまいました。
ネット上の不特定多数の顔のないフォロワーと繋がりながらも、目の前にいる大切な人とはコミュニケーションが取れないのも大いに心配です。
母親との2人っきりの暮らしに息苦しさを募らせていたエヴが、遂には一線を越えてしまうシーンが衝撃的でした。
10年以上前の日本で実の母と16歳の娘との間に発生した、タリウム混入未遂事件を彷彿とさせるものもあります。
穏やかでない再会
長らく疎遠にしていた娘・エヴに対して、父親のトマが注いでいる疑り深そうな眼差しが印象深かったです。
幼少期に身勝手な理由から自分たちを捨てた父親への敵意を、あからさまに剥き出しにしていくなどエヴの方も負けてはいません。
実の娘・エヴに対しても、いま現在の妻との間に授かった息子に対してもまるで関心を示そうとしないトマの冷淡さには唖然としてしまいます。
広大な邸宅の中に投げ込まれて居場所の無さを感じていたエヴに、思わぬ人物が救いの手を差し伸べてくれる場面に心温まりました。
ほろ苦いバースデー
青々と広がっている海をバックにして、親戚一同が勢揃いをして白いテーブルクロスが引かれた食卓に付く誕生パーティーが鮮烈です。
テーブル上には如何にも高級そうなワインボトルが並べられて、次々と運ばれてくるメニューも美味しそうでした。
一見すると和やかなムードに包まれて進んでいく食事の風景の中にも、それぞれの思惑が複雑に絡み合っています。
主役のジョルジュは自動車事故を起こしたばかりで意気消沈、トマは浮気がばれそうになって冷や汗、ピエールは問題発言のせいで四面楚歌。
気まずい雰囲気のままでお開きとなったパーティーの後の静けさからは、更なる不吉な予感が高まっていきます。
こんな人におすすめ
奥底に封印されていた忌まわしき過去の記憶を、ジョルジュが解き放っていくことで悲劇的なエピローグへと向かっていきます。
伝統的なブルジョワ階級を誇っていたロランファミリーの虚像が、あっさりと崩れ落ちてしまう瞬間が圧巻です。
本作品のタイトル「ハッピーエンド」からは程遠く、明確な答えのない幕引きには戸惑いを抱いてしまうかもしれません。
クロード・ルルーシュ監督が1966年に発表した「男と女」から、バシリ・バシリコスのベストセラーを映像化した「Z」等。
若かりし頃のトランティニャンの迫真の演技に胸を熱くした世代の方たちは、是非ともこの1本をご覧になってください。
みんなのレビュー
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